北島三郎さんの次男が最後まで優しかった,若い人に多い”心不全”,A子さんの存在も!

 

 

「まったりまったりまったりな

急がず焦らず参ろうか」

このフレーズはアニメ『おじゃる丸』のオープニングソング。

この楽曲疲れたときに流れたらめっちゃ

癒されますよね~

 

3日に「おじゃ丸」くんの作詞作曲をされている大野誠さん

自宅で倒れているところを警察官に

発見されたというのです。

そして大野誠さんは北島三郎さんの次男さんであることも

判明しています。

 

 

息子に先立たれてしまった北島三郎さん

 

北島三郎さんが新宿区で記者会見をされました。

とても悲しそうな三郎さんでした・・

息子はまだ51歳、そして共に音楽をつくりあげる同志でもあった。

次男さんはとても優しくしてくれたそうです。

 

”つい昨日おとといのように感じる

焼き鳥を買ってきてくれたり、

「オイ」って入ってきて

温かいうちに食べなと差し入れ

三郎さんに似合いそうな服を持ってきてくれたりした”

 

北島さんは電話をかけたりしなかったという。

そしてこのような形での次男さんの旅立ちをやるせないと

話していました。

 

 

大野誠さんプロフィール

 

会社役員で調布市に住んでいたそうです。

1988年夏にロック系バンドでデビューする

「1stBLooD」のボーカルMAKOTOさん

 

 

現在までは「北野音楽出版」の役員で作曲家。

父、北島三郎さんに音楽を作っていました。

 

 

亡くなられた病名判明・・

 

心不全だったそうです。

この病では最近、俳優の大杉漣さんが突然の旅立ちをされました。

この寒い時期にとくに心配される病でもあります。

誠さんの近所の酒店の主人がお話されていたそうです、

「最近は(誠さんは)自分でも体調のことを気にしていた」

誠さんはお酒とたばこが好きだったそうです。

 

北島三郎さん、とても寂しいですし現実を受け入れられないと

おもいます。

息子さんへかける言葉は・・と聞かれると、

「テレパシーでもいいからおくってほしい」

そのようなことを会見で話されていました。

 

 

孤独死ではなく彼女が居た‥

 

旅立たれてしまった大野誠さんですが、

一人暮らしも長く、そして発見されたときも一人‥

メディアでは北島三郎さんの息子”孤独死”という文字が見られます。

しかし、半同棲していたというA子さんという女性の存在が

たしかに存在していました。

ただ亡くなられた時にはA子さんは実家へ行かれていた

そうなのです。

 

 

ネットでの声

 

 

 

 

大野誠さんの作られたものは人々の心の中までも浸透していたのですね。

ご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

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