植松聖の母親の本名が判明 ホラー漫画家だった

2016年の戦慄がはしる事件で忘れられないのが、

この被告の起こした残虐な殺傷事件です。

 

 

 

2016年のあの夏に入る時期の空気感をおぼえています。

恐ろしい・・・という感情がしばらく残って気分もおかしくなり

普通に仕事で外出するのや自宅で寝ていることも怖いと思った‥

その事件の被告である植松聖の母親に関することがわかった。

 

 

 

植松聖の起こした事件

 

植松聖は務めていた障碍者施設「津久井やまゆり園」で4年目に

なっていたそうだ。

入所者たち45人が彼の手で殺傷されたのは2016ねん7月26日。

 

 

神奈川県相模原市緑区千木良476番地にある知的障害者福祉施設

 

「津久井やまゆり園」に当時はすでに元職員となっていた植松聖被告が

26日の未明に侵入して所持の刃物で傷つけていった。

 

1990年1月20日生まれの被告は当時26歳。

 

 

 

 

 

植松聖のプロフィール

 

 

うえまつ さとし

生年月日:1990年1月20日

出身地:東京都

小学校、中学校と相模原市内で過ごした

高校は八王子市内にある私立高校を卒業する。

その後、京帝大学を卒業する、本人は教師を目指していた。

しかし教師にはならず‥その直後あたりに植松聖の両親が離婚。

 

 

 

厳密には時系列にはくわしく分からないですが、

教員を目指して教育学科で学んでいた植松は進学後から、

大麻と刺青に

はまっていったそうです。(._.)

 

 

 

まだ上の頃の植松はすこしまともだった?

それとも病んでいたのだろうか・・・?

 

 

 

職場に刺青が知られた直後の植松被告のTwitter画像には

全体的な刺青

 

 

 

 

植松被告の近所からの評判

 

 

あの2016年夏の事件はあってはならなかったもの。

くいとめる事ができなかったのか?

 

彼の周囲の友人たちは異変に気が付いている者もいたのだ。

黒髪から金髪に変わり、刺青までするようになった。

その頃から「どうした?」と気にかかっていたそうだ。

 

その時期というのが2010年頃だという。

 

ところで近所での評判は悪いものばかりではなく、

もともと植松自身が教員を志し、子供が好きだった。

子供を相手に遊んでいる姿から優しい青年という印象も持たれている‥

 

大学4年生になり教育実習中に刺青が学校側にバレたことで

教員免許には合格していたものの採用されることはなかった。

 

刺青のエピソードがもうひとつある、

それが植松が母親を泣かせるという悲劇につながる。

綺麗な体で生まれた息子のほとんどに刺青がされているのを

母親が目の当たりにした日、畳の上で泣き崩れたのだ・・

結局、家族3人で住んでいた戸建ての家から父そして母と

出ていってしまった。

ひとりぼっちになった植松被告の中には悪い感情がおおきく

膨らんでいったのかもしれない・・・

 

 

 

植松聖の母親の本名と職業

 

母親の職業はホラー漫画家だといいます。

これは植村聖と検索をしたところ、母親、ホラー漫画家という

検索ワードが出てきたことでわかりました。

 

あのようないまだに信じられない事件を起こした犯罪者の親の顔というもの

を検索し知りたいという人が居るのも当然‥しかし複雑です。

皆知りたい部分は犯罪者の生い立ち、そして家族の情報‥

 

本名や顔写真はTwitterで出ています。

 

知りたければすぐに出てきます。

私は犯罪者の家族という人達も大きな被害者のようにも思えるし、

しかしながら犯罪者を育ててしまったという十字架も背負うと思うし

いろいろ考えると気持ちが苦しくなります・・・

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です